黒牟田焼 丸田宣政窯の歴史
由来と伝承
黒牟田焼は、日本の陶器史のなかで武雄唐津北部系に属するやきものです。窯場は現在の佐賀県武雄市武内町にあり、この一帯には三十近くの窯跡が点在して、往時の「一大群窯」の姿を今に伝えています。
その起こりは桃山末期の慶長・元和の頃(およそ420〜430年前)。朝鮮から渡来し帰化した陶工・宗伝とともに、群団の陶工たちが窯を開いたことに始まります。開窯以来、窯の焔は絶えることなく燃えつづけ、肥前一円の庶民が日々用いる雑器のあらゆる種類を焼き上げてきました。そのため黒牟田焼の製品は、日常の生活用品から宗教用具に至るまで広範囲に及び、数々の伝世品・発掘品から、その生産規模が実に雄大であったことがうかがえます。
伝統陶技は、在来の古唐津(朝鮮陶技)のなかに李朝中期の作調・文様を映し、往時の肥前の土着民の生活感情が流れているといえます。製品の特長は、素朴で親しみやすい意匠・形状と釉調にあり、とりわけ黒釉薬や辰砂釉の味わい、大胆な刷毛目の細線が、黒牟田窯ならではの個性美を端的に表しています。今も焼き継がれる「刷毛目皿」「流し掛け」「鉄絵」は、黒牟田焼の特長をよく今日にとどめるものです。
なお昭和二十五年の夏には、約二カ月にわたって**濱田庄司(人間国宝)**が旅の杖をとどめて指導にあたり、これによって民芸陶器としての基盤がいっそう培われました。
二代 ― 丸田延親(Nobuchika)/日展会友
宣政の長男。黒牟田焼の伝統を守りながら、独自の創作活動にも努める。(社)日本現代工芸美術家協会本会員、佐賀県陶芸協会会員。
| 年 | 事項 |
|---|---|
| 昭和39年 | 丸田宣政の長男として生まれる |
| 昭和58年 | 有田工業高校 窯業科 卒業 |
| 昭和61年 | 佐賀県展 初出品(以来17回入選、内 入賞3回) |
| 昭和62年 | 九州産業大学 芸術学部 デザイン学科卒業後、黒牟田にて作陶を始める。現代工芸九州会展 初出品(以来毎回入選、内 入賞7回) |
| 平成元年 | 現代工芸美術展 初出品・入選 |
| 平成3年 | 第28回 日本現代工芸美術展 初出品・入選(以来26回入選、内 入賞1回)。佐賀新聞社主催 第1回「次代を担う若き陶芸家たち」に選出 |
| 平成5年 | 佐賀玉屋にて親子展(以後5回) |
| 平成6年 | 博多大丸にて親子展(以後3回)/小倉井筒屋にて親子展(以後3回) |
| 平成7年 | 大分トキハにて親子展(以後3回)。第26回日展 連続入選(以後14回) |
| 平成15年 | 山口陶磁展 入賞 |
| 平成16年 | 大阪近鉄百貨店 阿倍野本店にて親子展。佐賀県展 入賞 |
| 平成17年 | 佐賀県展 入賞。大阪ギャラリールーエにて親子展 |
| 平成18年 | 九州山口陶磁展 入選。第37回 日本現代工芸美術展にて現代工芸賞 受賞。現代工芸美術家協会 本会員に推挙される |
| 平成19年 | 現代工芸九州会展 入賞。佐賀県展 入賞 |
| 平成20年 | 佐賀県展 入選。佐賀玉屋にて初個展 |
| 平成21年 | 佐賀県展 入選/西日本陶芸美術展 入選/九州山口陶磁展 入選 |
| 平成22年 | 武雄市図書館・歴史資料館にて親子三代展 |
| 平成24年 | 日本現代工芸美術展 入選。佐賀県陶芸協会員に推挙される。佐賀玉屋にて「宣政・延親 作陶50年の歩み展/延親 作陶25年展」 |
| 平成28年 | 日展会友に推挙される |
| 令和期 | 改組新 日展 入選を重ねる(通算10回目ほか)。沖縄リウボウ美術サロンにて個展(以降4回)、長崎KTNギャラリーにて個展。日本現代工芸美術展 有田巡回展にて2席受賞。NHK「幻の唐津焼」に出演。佐賀県へ陶鉢を寄贈 |
| 令和2年時点 | 日展 通算14回入選 |


















